私は、母の最期に「おかあさん、私を産んでくれてありがとう。」と思えるため、自己犠牲はしないと決めているが、中上健次『岬』や福島次郎『現車』を読めば、血の繋がりが人生そのものだと感じる。
高橋一清『中上健次、芥川賞誕生秘話』に感銘し、作家は担当編集者に育てられていることが判る。
『岬』の校正作業での表現は、秋幸が血族のしがらみから心を解き放たれるとき、路地に立つ一本の樹を描写すること、しかも根元から視線をあげて、枝葉から空へと放つこと。
9回の手入れで受賞した中上は、ひとしきり泣きじゃくり、「一清さんが、初めて俺を人間あつかいしてくれた」
とつぶやいた。
彼が病院を見舞った日は、中上の生涯で最も好きだった兄が、庭の木に綱をかけ、首をつった日であり、これが、別れの日となり、5ヵ月後に旅立った。
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