甚大な震災被害は、ボランティア希望者を募らせる。
私が金子郁容さんから「ボランティア」を学んだのは20年以上前のこと、当時の郁容さんは中野に「末廣ハウス」という学びと実践の場を持っていた。今も活躍する学者をゲストに「見えざる手」「贈与論」「シャドーワーク」の講義を聴き、障害者をおぶる郁容さんの姿をみた。
「末廣ハウス」でみえた事は、精神的しんどさやボランティア集団からの引き際の難しさ、澱のように沈殿していく人と人との関係。そんなことから郁容さんの文章表現が「ゆるやか」「遠慮がちな」に変遷してきたのだと思う。
仁平典宏『ボランティアの誕生と終焉』、ボランティアは慈善や奉仕に基づくものではなく、生きがいの追求や自己実現などの互酬性に基づく動機に変化し、互酬の近代化・組織化は有償であっても収益を目的としない。
大震災で日本脱出組を除き、ボランティア活動は日々の営みそのものとなっていく。打たれ強くありたい。
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