平成26年9月号
8月前半は仕事場が静かで早く店仕舞、羽田で工場をやっている友達と国道で待合せ、穴子尽くしを堪能した。彼はお爺さんが魚河岸の仲買だったので、旨い江戸穴子を食べて育った。
生麦で水道工事業を営んでいた社長が順調だったころ、国道あたりは寿司屋が密集し、何処も粋で活気があった。
寂れてお化けが出そうな国道駅、私達だけが電車を待っていた。

鶴見生見尾踏切は6本の線路が通り、いつも警報機が鳴っていて、便利だか便利でないのか判らない踏切は渡切るのに40メートル、撤去される踏切の見納めをした。
児玉 智子
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