がんであることを医者に告げられると、誰もが寝られない夜を過ごすことになる。
唯我独尊で会社を経営していた人から、「毎晩涙が出て夜が来るのが怖い」と電話があると、看あった言葉が出てこない自分がいる。病院のがん哲学外来はキャンセル待ちと聞く。
『ナイティンゲール看護覚書』に、頼りがいのある看護婦は信心深く献身的でなければならないと書いてあり、インド・コルカタの死を待つ人の家を思い出す。
そこは静寂な時間が流れ、厳かに死を受入れている人も、精神的病いの人も、軽症にみえる人も過ぎる時間が平等にある。
日本人でありながらタイに出家した、プラユキ・ナラテボー著『気づきの瞑想を生きる』には、タイ農村の典型的な葬儀について記されている。
僧侶は遺体に向けてでもなく、仏壇にむけてでもなく、死者の家族や親戚、村人に向けてお経を唱える。 それは生者に向けて、この死から何を学び、これからどう生きていったらよいかなど。
火葬場で最後のお清めに生のココナッツミルクを遺体に振りかけるという。
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